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千成 (両口屋是清)

1月13日 東京駅・大丸・地下でgetしました。
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小豆粒あん です。
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紅つぶあん です。
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抹茶あん です。
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by amamori120 | 2006-01-13 18:34 | 甘党キングダム(どらやき) | Trackback(1) | Comments(10)

1月13日 東京駅・大丸・地下でgetしました。
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by amamori120 | 2006-01-13 18:28 | 甘党キングダム(どらやき) | Trackback | Comments(2)

1月13日 東京駅・大丸・地下でgetしました。
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桜あん です。
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抹茶あん です。
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by amamori120 | 2006-01-13 18:21 | 甘党キングダム(どらやき) | Trackback | Comments(4)

どらやき特集をやるつもりはなかったのですが、ついでですから、該品についてモノの本で調べてみました。

これは大きく焼き菓子に分類され、この種の製品では、もっとも大衆的なものである。
どら焼きという菓銘は江戸時代でも最古のものとされていた。江戸開幕の初期、寛文年間(1633)麹町3丁目の「助惣のふの焼き」として売られていた名品であったが、これを「どら焼き」と言うようになったのは、江戸の伝説によるものである。

かの武蔵坊弁慶が手傷を負い、武蔵野の一民家で静養していたが、立ち去るときにお礼といって、銅鑼と手紙を置いて行ったが、その銅鑼で焼いた菓子だから、どら焼きというのである。

最初は四角い形だったが、日本橋大伝馬町の梅花亭森田清の創案になる円形のどら焼きの流行によって、四角いどら焼きは滅びてしまったという。
助惣の場合は技法(銅鑼で焼く)から付けられた名称であったが、梅花亭のは銅鑼の形をした菓子なのである。

明治初期の梅花亭のものは、種皮がきわめて薄いものだった。これもやはり梅花亭が始祖である「三笠山」は皮が厚いので有名であったという。


                        守安 正 『和菓子』毎日新聞社
by amamori120 | 2006-01-12 23:59 | 甘党キングダム(どらやき) | Trackback | Comments(10)

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栗ドラ焼きです。 栗の形、ラブリーですね。
by amamori120 | 2006-01-12 21:29 | 甘党キングダム(どらやき) | Trackback | Comments(14)

銅鑼焼き (桃六)

京橋の名店、 桃六 さんの どらやきです。
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ここの、どらやきは 銅鑼焼き と標示されています。
『一と声』なるネーミングです。 由来は聞き漏らしました。
by amamori120 | 2006-01-12 21:24 | 甘党キングダム(どらやき) | Trackback | Comments(2)

江戸川区内に7店、二子玉川に1店。御菓子所 玄舟庵という和菓子屋さんがあります。
色んな和菓子を商ってますが、今日は手始めに、どらやきです。
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バターどらやきです。
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栗どらやきです。   標準タイプの、どらやきは売り切れでした。

引き続き、他の和菓子も紹介していこうと思っています。
ユニークな物があるので、お楽しみに。 (^o^)
by amamori120 | 2006-01-12 21:15 | 甘党キングダム(どらやき) | Trackback | Comments(8)

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2004.5 文藝春秋・刊 ¥1,400  06.1.10 読了

誰方か女子バスケットボール・リーグに詳しい方おられますか?
私はサッパリです。何年か前、TVニュースで、シャンソン化粧品チームの巨大な白人選手がドタドタとコートを動き回っているのを観たことを憶えている程度です。

深田祐介-スチュワーデスと来れば、堀ちえみ、風間杜夫あたりが出演したTVドラマを思い浮かべますが、本書はアレとは少し違う内容です。
これは日本航空の女子バスケットボール・チーム『JALラビッツ』の物語なんです。

1997年頃、JALラビッツは日本リーグ二部に位置していたが、98年には三部(実業団リーグ)に落ちてしまっていた。日本リーグ三部といえば聞こえはいいが、その実態は、主婦達を中心とするバスケットボールOGの同窓会の場くらいのレベルだという。
2004年5月現在、ネコさんとして親しまれたJAL社長・兼子勲氏は、もともとJALにバスケットボール部を創設した張本人であるだけでなく、バスケットボールに限りない愛と情熱を持っていた。

当時は、シャンソン化粧品と日本エナジ-の二強時代が二十年近く続いていて、兼子氏はなんとかJALラビッツをこの二強に食い込ませたいと願っていたが、バスケットボールの先進国・韓国から斯界の超大物・林永甫(イム・ヨンホ)氏の招請に成功する。
日本女子バスケットボール・リーグ一部8チームのうち、7チームまでのリーダーつまり監督、技術顧問が韓国人だという事実、ご存じでしたか?
そして日本のプレーヤーが彼らに深い信頼を寄せている。---こんな世界は他に例を見ませんね。

林氏の厳しい厳しい指導により、JALラビッツは、二強のシャンソン化粧品を破り、二強に食い込むことに成功する。なおかつ日本代表に二人のメンバーを送り込むようになる等、力を付けて来た。
藪内夏美、矢代直美、堀部凉子、畑岸邦枝、柳本聡子・・・という選手達をご存じでしょうか?
彼女達は日本航空の正社員であり、客室乗務員として、バスケットの合間にスチュワーデスとして乗務しているから、『スチュワーデス、五輪へ初出場』ということになり、航空業界としても空前の快挙だ。

勿論バスケットボール関係の叙述が大半ですが、スチュワーデスとしてのエピソ-ドも数多くちりばめられ「スポーツ根性物」とは全く異なる、楽しい「ドキュメント・ノベル」です。


深田祐介氏略歴
 1931年 東京生まれ 日本航空ではロンドン駐在、広報部次長を経て
 作家活動に入る。
 1958年 「あざやかなひとびと」で文学界新人賞
 1976年 「新西洋事情」で大宅壮一ノンフィクション賞
 1982年 「炎熱商人」で直木賞
 1987年 「新東洋事情」で文藝春秋読者賞   を受賞。

 主な著書「暗闇商人」「スチュワーデス物語」「高麗奔流」「神鷲商人」
by amamori120 | 2006-01-11 23:30 | 読後感・本の紹介 | Trackback | Comments(12)

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1986.4  大和書房・刊 ¥1,260  06.1.7 読了

辻真先ファンにはお馴染みの「可能キリコ」「瓜生慎」「牧薩次」「ユーカリおばさん」(彼・彼女たちを主人公とした作品も数多く出ています。)たちもオブザーバーというか、ゲスト出演というか、そういう立場で登場します。

辻真先ミステリーでは、平気で殺人がバンバン起きますが、それほど深刻でないのは、これらのキャラクターたちのユーモラスな個性によるものなんだろうと思います。

今回の探偵役は福島県警きっての名刑事・大関警部が務めます。人は、一目でその巨大な体躯に威圧感を受けるんですが、顔や仕種は、”象サン”のように優しいのです。

まず、福島県下の某温泉地で、ある旅館の若い美人仲居さんが殺される事件が起きます。
町の共同浴場の男風呂!で、一人用床置き式サウナの中で、ペーパーナイフによって刺し殺されたのです。
何故、男風呂? 何故、切れ味の悪いペーパーナイフで?

この事件は、昭和20年、先の大戦中の名古屋(辻さんの出身地)で、空襲の中を逃げまどった二人の旧制中学生、今は売れっ子作家と元B級映画のスターが同時に一人の美少女に恋してしまったことに遠因するのです。そして彼らが中年になった今も、大人になりきれないピーター・パンであり続けたことが、この美人仲居殺人事件に続く一連の事件の”根”になっているのです。

陰惨な結末を迎えるこの物語も、著者のいつもの明るい筆使いのせいで、後味の悪いものになってないのが救いです。これが辻ミステリーの特徴とも言えますね。

戦時中の場景など、田中康雄「なんとなくクリスタル」をパロったのか、やたらと注釈が附いているのは、ご愛嬌です。


最近読んだ辻ミステリーは、これ 『電気紙芝居殺人事件』です。
by amamori120 | 2006-01-10 22:42 | 読後感・本の紹介 | Trackback | Comments(6)

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2000.6 講談社・刊  ¥2,310  05.12.30読了

スパイ・スリラー小説で鳴らした作家が、老境に入り、妻と二人、穏やかな生活を送っている。
穏やかな、と言っても全く無風の生活という訳にはいかない。
妻が急病で救急車で運ばれたり、想い出の伊豆高原へ夕陽を見に行ったり、子供のように可愛がった犬に死なれたり・・・
そういう暮らしを描いた「私小説」です。
”ギリシャ通り”というのは、主人公達が住む京浜間沿線の或る駅前の或る商店街で、『色も形もいくらか不揃いなのも混じるけれど、白亜の大理石風建築に統一された町並』なんだそうです。

中薗英助さんは、完成されたスパイ・スリラーを発表する一方で、純文学活動を継続してこられたのですが、本書は中薗文学の記念碑的連作集だと言えるでしょう。
by amamori120 | 2006-01-09 17:36 | 読後感・本の紹介 | Trackback(1) | Comments(19)