三囲神社の狛犬
2009年 05月 20日
牛島神社から少し脚を延ばして三囲神社へ廻りました。長命寺山本の桜餅、言問団子、志(じ)まん草餅 などが近いんですヨ
拙が勝手に”向島三店(点)セット”と呼んでいます
三囲(みめぐり)神社
倉稲魂命を祀る。旧村社。元、田中稲荷と称した。創立年代は不詳。伝によれば、近江国三井寺の僧源慶が当地に遍歴して来た時、小さな祠のいわれを聞き、社壇の改築をしようと掘ったところ、壺が出土した。その中に、右手に宝珠を、左手にイネを持ち、白狐に跨った老爺の神像があった。このとき、白狐がどこからともなく現れ、その神像の回りを回って死んだ。三囲の名称はここに由来するという。
元禄6年(1693年)、旱魃の時、俳人其角が偶然、当地に来て、地元の者の哀願によって、この神に雨乞いする者に代わって、「遊(ゆ)ふた地や田を見めくりの神ならは」と一句を神前に奉ったところ、翌日、降雨を見た。このことからこの神社の名は広まり、京都の豪商三井氏が江戸に進出すると、その守護神として崇め、三越の本支店に分霊を奉祀した。 ウィキより














摂社にも居ました♪







設置年月不明ですが、「老残」の姿、可哀想~









三囲神社 三井財閥ゆかりの神社だったんですねぇ
<雨漏りメモ>
稲荷信仰
京都伏見にある稲荷神社がこの信仰の本原であり、各地の稲荷神社が正一位の幟を掲げたのは直接間接に同社の配下に立って勧請の手続きを済ませた上でのことだろうが全国にこれほど普及した根底には深い基礎事情がある。
1 田の神の信仰 春の耕作初めにこの神を迎え、秋の収穫終わりにこの神を送るという思想から、山の神が春に下って田の神となり、秋にはまた山に戻って山の神となるという信仰を生むにいたった。
田の神はウケ(ウカ)の神(豊受大神宮も同名)やミケツ神の名でも伝えられたが田の神の名が一般的である。
2 狐を神使とする信仰 狐が田のほとりの丘や塚穴などに群がっているのを、昔の人々が自然に霊獣視して、狐を田の神の使いと見なす傾向があったと考えられる。
3 京都伏見稲荷神社を中核とする全国的信仰組織の形成が考えられる。この社は平安初期に史上に現れ、東寺と結んで巨大な勢威を作り上げた。イナリの語は、イネナリの約かイナニの転か両説あって決しがたい。ともかく稲の神としての観念は全国化し、交通の発達とともに津々浦々に波及した。
柳田国男 「田の神の祭り方」 より要約抜粋 by 雨漏り


