「独眼竜伊達政宗」西野辰吉

d0065324_9341494.jpg仙台(昔は千代だったそうです)ご在住、ミモザさんや、ひーさんが該地のことをリポートして下さるのに触発されて、こんな本を読みました。

「独眼竜伊達政宗」西野辰吉・著 
S61.3 叢文社・刊 ¥1,600









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何年か前、NHK大河シリーズで、政宗公が主人公となるドラマが放映されました。
たしか主演が渡辺謙サンだったと思います。


TVの脚本家が誰だったか、また原作が誰のだったか覚えていませんが、本書に基づいてシナリオ化されたと思えるほどエピソードが一致するんです。

例えば、大内定綱(寺田農サン)の事件。大内氏は小領主で会津の芦名氏に服属していたのだが、政宗公が若くして家督を相続したのを機に伊達氏に属したいと言って来た。暫くして帰郷したら「そんなことは言ってない」と前言を翻したことで紛争が始まったこと。

梵天丸(政宗公の幼名)が6歳の時、疱瘡を病んで右目が失明し、顔があばた面に変わってしまったため、生みの母、最上御前(岩下志麻サン)が彼を疎んじて弟の方を可愛がり、家督も弟に継がせようとしたこと。

秀吉(勝新?)の小田原・北条氏攻めの際、参陣が遅れたことの言い訳をしに伺候(出頭)した際、白の死に装束を着て行ったこと。

秀吉の奥州仕置き(政策)に抵抗して、葛西・大崎旧領で一揆が起きたのだが、政宗公が一揆勢力に与えた激励の手紙が秀吉のもとに裏切り者によって届けられ査問委員会が開かれた。政宗公は、自分の花押の鶺鴒の目にあたるところに針の穴がないから、これは偽書だと主張して危機を切り抜けたこと。

☆雨漏りメモ☆
  大崎という地名が出てきました。実は長女の亭主が宮城県K町の出身なんです。それが最近の流行りの合併で大崎市になったのですが、何故「大崎」市なんだろうと思っていたのですが、本書のお蔭で疑問が解けました ♪


それから、これはTVでやったかどうか記憶にございませんが、”幻の百万石”というのが本書で述べられています。関が原の戦いの前、徳川家康から、百万石相当の領有を約束する書状を貰い、家康に味方して、上杉景勝を攻めるのだが、南部領和賀で起きた一揆を使嗾したとして、約束を反故にされてしまうという事件もあったようです。

有名な支倉常長のスペイン派遣とその後もTVでやったかどうかも詳らかではありません。
宣教師ソテロ、仙台で建造されたサン・ファン・バプテスタ号(日本側では伊達丸)等については、ひーさんの記事を参照せられたい。
政宗公には南蛮への憧れがあって、塩釜湊をベースに通商したかったようですね。


世の中が収まり、政宗公は徳川家と婚姻関係を結び、将軍(家光)を後見する待遇を受け、70歳まで長生きしました。死因は癌性腹膜炎だったようです。



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Tracked from ひーさんの散歩道 at 2008-04-14 21:47
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Tracked from ひーさんの散歩道 at 2008-04-14 21:53
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Tracked from ひーさんの散歩道 at 2008-04-14 21:57
タイトル : 伊達政宗騎馬像
仙台城址 このお城には、千畳敷きの大広間があったといいます。 実際には430畳だったと聞きます。千畳敷きは広いと言うたとえだったのでしょう。 豊臣秀吉を真似て造られたであろうと言われる桃山式書院造りでした。 明治初期に維持困難の理由で取り壊されている。 そのときに、金メッキなどの飾り金具も出土されたようです。 よくこの騎馬像を写真で見かけるだろう。 この日はあいにくの曇り空でイマイチの写りだが・・・・・ 騎馬像の北側にあった茂みは、石垣工事ですっきりしたが、なんか物足りない{%to...... more
Commented by い~さん(^.^) at 2008-04-14 10:21 x
こういう~激動の世の中を
生き抜いたということは~
エピソ~ドに事欠きませんね (^_^)v
まさに人間ドラマですね 
Commented by miki3998 at 2008-04-14 18:17
父の故郷でもあり、学生時代を過ごした土地でもあるので、仙台は人一倍思い入れがあります。 

 お菓子『 支倉焼 』は 萩の月に並ぶ銘菓だと思いますよ。 バターの香りがお店の前を通ると香ってきて、 私はいつもお土産はこれでした。

 話題が違うのですが、 なぜか私のRSS機能が作動しておらず、 リンク先全員の情報がいっさい出てこないのですが、先生も以前この機能が故障とおっしゃっていませんでしたっけ?  これは直るまでひたすら待つしか仕方ないのですね?
Commented by ひー at 2008-04-14 22:03 x
TBしすぎちゃいました・・・・反省
Commented by い~さん(^^) at 2008-04-14 22:04 x
今日は遅番ですか?
また お邪魔しま~す(あ~さん風で~す) (^_-)-☆
Commented by amamori120 at 2008-04-14 22:05
>いーさん  レスが遅れました。
お早いお成り毎度ありがとうござんす♪
色んな難関を乗り切った連中が生き残った訳ですね。
政宗もその一人。
ついつい謙サンを思い浮かべてしまいます ww
Commented by 桃源児 at 2008-04-14 22:20 x
すごいトラックバックの多さと思ったら、ひーさんでしたか。納得。
お節介かもしれませんが、大河ドラマの脚本はジェームス三木さん、原作は山岡荘八さんでしたね。
秀吉も勝新。家康は津川雅彦さんでしたね。
Commented by amamori120 at 2008-04-14 22:41
>miki先生 お晩です。 レスが遅れました。
お父上・・・あぁ そうでしたネ

婿殿 お土産といえば萩の月ばっかり ww
次回は、オススメ『 支倉焼 』をリクェストしますヨ♪

私もRSSの復旧のしかた知らないんです
相手のブログによって効いたり効かなかったり・・
よく分かりませぬ <(_ _)>
Commented by amamori120 at 2008-04-14 22:43
>ひーさん   こんばんHA
トンデモナイコトデゴザイマス
お疲れなのにT.B.いっぱいして下さって有り難いです ♪
Commented by amamori120 at 2008-04-14 22:45
>いーさん  こんばんHA
そうなんです、9時半頃帰宅、夕食を済ませてPCに向かっています。
後ほど伺いますネ
Commented by amamori120 at 2008-04-14 22:49
>桃 源児さん  こんばんHA
そうそうジェームス三木さんは思い出しました。
原作は山岡荘八さんでしたか。  これは思い出せず・・・です。

そうすると↑のエピソードは定番なんですね?

津川雅彦さんの家康も思い出しました。

ご教示ありがとうございます。
さすがですねぇ ♪
Commented by ミモザ at 2008-04-14 23:11 x
遅くにお邪魔します♪
記事の中にミモザが登場すると偉くなったような気がします!
有難う御座います。
明日の早朝に成田に向かいます。
無事帰国できる事を祈っていて下さいね。
では~行ってきます(@^^)/~~~
Commented by amamori120 at 2008-04-14 23:15
>ミモザさん  お晩です。
ご無事のお戻り、祈ってますぅ ♪

リポートも楽しみ♪
Commented by みっちゃん at 2008-04-14 23:29 x
実はその昔、親友社員の頃・・・
企画物で独眼竜正宗人形っちゅうのを作った記憶が・・・あぁ・・今は昔・・・
Commented by みっちゃん at 2008-04-14 23:30 x
ぎょっ・・・ 新入社員でした・・・ (=_=)おねむ?
Commented by amamori120 at 2008-04-14 23:34
>みっちゃん
その人形残ってまへんかぁ?
ひーさんにあげたら喜びまっせぇ
Commented by amamori120 at 2008-04-14 23:35
>みっちゃん
良い子は早寝いたしませう。
その間にマンゴーUPしとくさかい ww
Commented by igu-kun at 2008-04-14 23:45
躍動感ある表紙の絵に惹かれてしまいました。
仙台は私も大好きな街で何度か訪れています。
食べ物も美味しいですね。
Commented by amamori120 at 2008-04-15 00:14
>igu-kunさん  こんばんHA
どうもありがとうございます。

重 正晴サンという人の画です。

名物 タン ですか? ww
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by amamori120 | 2008-04-14 09:47 | 時代小説を読む | Trackback(7) | Comments(18)