「高麗秘帖」荒山徹

「高麗秘帖」荒山徹_d0065324_9155619.jpg高麗秘帖  荒山徹・著
1999.7 祥伝社・刊  ¥2,500

李舜臣将軍を暗殺せよ
先日、K国ネタをUPしたので、本書を読む気になりました。




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豊臣秀吉の朝鮮征伐のことはよくご存じだと思います。
文禄の役(1592)では、朝鮮半島の殆どを占領しながら、
三つの理由で撤退に追い込まれた訳ですが、一つ目は中国(明)が
宗主国の名にかけて大援軍を向けて来たこと。
二つ目は”義兵(ウィピョン)”つまりゲリラに悩まされたこと。
そして最後が、李舜臣(イ・スンシン リ・シュンシン)という海軍の名提督によって制海権を奪われ補給が続かなくなったことなんです。

本書は、秀吉が性懲りもなく再び軍を起こし朝鮮に攻め入った
慶長の役(1957)を物語ったものです。

当時の李朝は王はじめ高官共がアホ揃いで、両班(ヤンバン)たちは派閥抗争に明け暮れていて(これは李朝時代を通してそうでした)、
李舜臣は、そのとばっちりで官位を剥奪、一兵卒に落とされていました。
彼が居ない間に朝鮮の連合艦隊司令長官をやっていたのが希代の弱虫、戦下手な男で慶長の役が始まるや日本水軍とのたった一回の戦闘で100隻以上の戦船を失うという大敗北を喫し僅か13隻の戦船しか残らないという壊滅状態に陥っていました。


日本の武将達は、先の役で、海の戦いでは李舜臣にコテンパンにやられたので、たとえ13隻の戦船しかなくても彼が指揮すれば決して侮れないことを身にしみて知っていたから、李朝の動静を探っていたところ、どうやら李舜臣が元の職に戻して貰えそうだという情報をキャッチ。  急遽、彼を暗殺することに決し、藤堂高虎、来島通総がそれぞれ手練れの刺客を派遣した。
本書は500ページという大部(¥2,500)ですが、その殆どが、暗殺団と李舜臣一党との攻防に割かれています。
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地図をご覧いただきたいのですが、草渓(チョゲ)から、西南の会寧浦まで着任する道中で何度も何度も刺客団は襲いかかるのだけれども、都度逃げのびるのです。それには、李舜臣一党の奮戦もあるけれど日本陣営は必ずしも一枚岩ではなく、キリシタンの小西行長は基本的にこの戦争に反対で、密かに手の者を送ってアンチ刺客団として李舜臣を守らせていたこともあった。
この両方の刺客たちが面白い。一人は顔を自由に変えられる技を持ち、一人はブーメランのような刃物を駆使する。
また来島通総が送ったのは、美女軍団で”海のくのいち(女)”。潜水に長け、船底からの爆破も得意。朝鮮水軍の秘密兵器・亀船の爆破にも成功する。
ときには、お色気で敵兵を惑わしたりする。まるで山田風太郎の「○○忍法帖」みたいです。

無事着任して部下を掌握した李舜臣指揮下の朝鮮の戦船13隻と日本の100隻が戦うのですが、史実通り今度は日本軍が40隻も沈められるという結果になるのです。

史実と史実の間を想像力を駆使して作り出した登場人物、歴史上の人物がみんな生き生きと活躍する実~に面白い小説でした。
著者は、この小説を書くためにK国に留学もしたそうです。


<雨漏りメモ>
1 厳密に言えば、海軍の場合は、将官のことは提督といって、将軍とはいいません。

2 日本は天皇には陛下という敬称を附けますが、朝鮮は、明の完全属国だったので、国王陛下じゃなく国王殿下と称していました。
いまでもK国では新聞などでも日本国天皇のことを日王(イルワン)と書いています。
<皇>という字は、中国の皇帝だけに使われるものと思っているからです。


3 倭奴(ウエノム)という語、言葉が頻出します。これは日本人への蔑称です。理不尽な侵略をしてきた日本人のことを憎んでいたのですから当然ですね。文化もない野蛮人視していたようです。
ついでですが、チョッパリという日本人への蔑称もあります。興味ある方は調べてみましょう。


4 両班(ヤンバン)とは、文班、武班--文官、武官--のことです。
いずれも科挙という、中国の官吏登用制度に倣った試験に合格した高級官僚のことですが、やはり文班の方が格上でした。
一般的には、貴族という意味で使われることもあります。


5 文禄の役(1592)は壬辰倭乱(イムジン・ウェラン)といい、慶長の役(1957)は丁酉再乱(チョンユ・チェラン)と、かの国では称しています。
by amamori120 | 2007-04-17 09:35 | 読後感・本の紹介