鳥越 碧「百恋一首」
2007年 04月 07日
鳥越碧「百恋一首」1994.4 講談社・刊 ¥1,300
1944年(昭和19年)生まれの著者が雑誌「FRaU」に平成3年10月~平成5年9月まで2年間連載したものです。単なる和歌の解説書ではありませぬ。

採り上げられた二十四人は以下の人々です。
藤原道信 崇徳院 大伴旅人 藤原鎌足 和泉式部
権中納言敦忠 大海人皇子 小野小町 在原業平
式子内親王 右大将道綱母 笠郎女 よみ人知らず
伊勢 待賢門院堀河 村上天皇 藤原隆信 左京太夫道雅
越前三位平通盛 建礼門院右京太夫 滝口入道 皇太后宮太夫俊成
祗王 建礼門院平徳子
和歌の世界のみならず、一般的にもよく知られた人ばかりです。
風流堂さんの花歌暦に載せられている和歌が採られている「詞花集」を撰した崇徳院の歌も有名ですね。
♪瀬をはやみ岩にせかるる滝川の
われても末にあはんとぞ思ふ
くだらないことを思い出しました。昔、20年ほど前、高校生の時に(嘘
古文で
○を△み=○が△なので ・・・なんて習いましたね ww
だから、 瀬をはやみ=川の瀬の流れが速いので ですね。
崇徳院関係の血縁図は別掲の通りですが、この人は、曽祖父白河法皇の子とも言われ”父”の鳥羽上皇との関係がギクシャクして、”弟”の近衛(天皇)に譲位させられそうになったところで、藤原氏、平氏、源氏まで親兄弟が敵味方入り交じって争う保元の乱が起こりました。
これに敗れた崇徳は四国の讃岐に流され、怨念の鬼となって流刑の地で亡くなりました。

<自分の出生に悩む崇徳院が、すてきな女性に出会い、身も心も焼けるほどの恋をした。
そのお相手とは何らかの理由で別れなければならなかったにしろ、私は、この悲運の天皇に、そうした素晴らしい恋があったと信じたいのです。>
あと、有名どころを少し載せてみます。
♪逢ひみてののちの心にくらぶれば
昔はものを思はざりけり 権中納言敦忠
♪思ひつつ寝ればや人のみえつらん
夢と知りせばさめざらましを 小野小町
♪月やあらぬ春や昔の春ならぬ
わが身ひとつはもとの身にして 在原業平
♪嘆きつつひとり寝る夜の明くるまは
いかに久しきものとかは知る 右大将道綱母
♪思へどもなほぞあやしき逢ふことの
なかりし昔いかでへつらむ 村上天皇
♪今はただしひて忘るるいにしへを
思ひいでよとすめる月影 建礼門院右京太夫
♪我こひは細谷河のまろ木橋
ふみかへされてぬるる袖かな 越前三位平通盛
♪萌え出づるも枯るも同じ野辺の草
いづれか秋にあはではつべき 祗王
読者に若い女性が多い雑誌なのか、古い恋の和歌の解釈・解説を表面に出しつつ、さかんに「恋の勧め」、「恋のアドバイス」をしている佳い本です♪ いくつになっても恋への憧れ、持ち続けたいものと思っています。

