澤田ふじ子「宗旦狐」ほか
2007年 01月 19日
この年末年始、澤田ふじ子サンの本を数冊getしたので集中的に読みました。
澤田ふじ子「宗旦狐」 2003.3 徳間書店・刊 ¥1,785
サブタイトルにもあるように「茶湯にかかわる十二の短編」が収められています。
各篇のタイトルもなんか趣があるので掲出してみます。
蓬莱の雪、幾世の椿、御嶽の茶碗、地蔵堂茶水、戦国残照、壷中の天居、大盗の籠、宗旦狐、中秋十五日、短日(みじかび)の霜、愛宕の剣、師走の書状
&仲冬の月
千宗旦は利休の孫で、彼の息子たちが三千家・・・表、裏、武者小路・・・の祖となっています。
参考書 千利休事典

表題作「宗旦狐」は、宗旦に化けた狐が、欲張りの筆屋を騙す話。面白い。
仲冬の月は「利休七哲」所収。

ついでにご紹介しておきましょうか。
古田織部:落梅記 黒部 亨
瀬田掃部:仲冬の月 澤田ふじ子
細川三斎:休無・細川忠隆の遺書 左方郁子
蒲生氏郷:数奇者大名 邦光史郎
芝山監物:こぼれ咲き 百瀬明治
高山右近
:余情残心 加来耕三
牧村兵部
荒木村重:道糞流伝 神坂次郎
知り合いがUPしています。興味のある方、ご覧下さい。

「王事の悪徒」 2003,1 徳間書店・刊 ¥1,785
四十歳前後の老娼ばかりを狙った無惨な絞殺死体が連続してみつかるという事件が起きている。
江戸では夜鷹と呼ぶが、ここ京では辻立ち女、辻君、夜餅、夜桜、夜鶴などと呼ばれるストリート・ガールだ。
特徴として、絞め殺した上、胸乳と下半身をさらけ出させ、秘所の黒い草むらの上に、三枚の笹の葉を残すこと・・・・(蜘蛛の糸)
サブタイトルが「禁裏御付武士事件簿」とあるように、幕府の特命をおびて、禁裏・仙洞御所の警備を名目とする伊賀、根来衆で、ルーティンワークとしては門の警備などに当たるが、オフには朝廷の内部や京都の情報を探る役目の武士たちのこと、いわば隠し目付の事件簿。
主人公は久隅平八。奈良の生薬売りに身をやつして京の街々を歩き回り情報収集にあたる。
商人宿の若狭屋を定宿とし、娘のお菊とは恋人同士だが、主の若狭屋もスリーピング・エイジェントだ。
人気シリーズで、本書が3冊目です。
蜘蛛の糸、印地の大将、王事の悪徒、やまとたける、左の腕、呪いの石 6篇を所収。

「いのちの蛍」 2000.2 新潮社・刊 ¥1,470
元尾張藩士だが訳あって今は、京・木屋町筋から東の先斗町通りに抜ける小路の角で”尾張屋”という居酒屋の主となっている宗因の活躍を描く連作。
各篇名が、また趣深い。
夜の黒髪、短夜の蓮、秋陰の客、背中の影、討たれの桜、いのちの蛍、流れの蕪村、夜寒の船。
サブタイトルは「高瀬川女船歌」。
宗因の亡き京都妻は、元高瀬舟の女船頭で、当時の仲間の女船頭や(男)船頭とのつきあいが続き、その関係で、市井の事件に関わっていく。
正義感あふれるその活躍ぶりは、いっそ痛快である。

「雁の橋」 2003.1 幻冬社・刊 ¥1,680
豊臣家のご落胤か?
とんでもない物語が始まる。
丹波篠山藩小栗頼母一家は、「囲み討ち」に遭う。仕えて5~6代になるが、長男は必ず廃嫡され、次男が家督を嗣ぐという奇妙なことを繰り返して来たのだが、ここへ来て”噂”が大きくなり幕府に知られる前に抹殺されてしまったのだ。
事前に逃れた嫡男雅楽助は伯父を頼って能登に向かう途中、藩の刺客に襲われるが仙人のような風貌の木屋権左衛門に拾われ、彼の故郷山中温泉で弟子として暮らすことになった。
権左衛門は、京で盛業中の炭問屋の主だったが、師範代クラスの地位にあった池坊を、異端として破門されたのを機に新流派を起こすべく、店を番頭に与え、放浪中だった。
立花師として修行中の雅楽助に刺客は迫っているのか?
また権左衛門の才能、実力、名声を恐れた池坊からも、刺客は放たれているのか?
かくして十年が経ち、立派な若者となった雅楽助の前に開かれる運命的な結末は?

澤田ふじ子 「もどり橋」1990/4 中央公論社 刊 ¥1450
上嵯峨野村の貧農の娘、お菊(本編のヒロイン)は三条東洞院の料理茶屋・末広屋に15の年に奉公に出される。
板場には、追い回し、立ち回りなどという下級の料理人見習いの若者が何人もいた。
ほとんどが貧乏人の倅達だが、中には京一番の料理茶屋の息子や、伏見の船宿の息子、大垣藩・賄い方(士分)の嫡男もいる。 いずれも京料理を会得して将来何者かになりたいという希望をもって働いている。
これは、京の一流料理店で働く若者達の青春群像を語った物語である。
タイトルの「もどり橋」は、堀川にかかっているが、この一条もどり橋は古代から中世にかけて京城の境とか、この世とあの世の境とか謂われたほか、橋占い、罪人をさらす所としても用いられている。
人生において、後戻り出来る者、戻れなくなってしまった者。十代から二十代初にかけての数年間で、早くも戻れなくなってしまった者がいた。
色々なエピソードをかさねながら、お菊の成長をも見事に描いた佳編です。
料理茶屋が舞台なだけに、数々の料理が出てきますが、澤田ふじ子サンの、料理に関する見識というものがよく出ている部分を抜粋してみました。
一流の料理は微妙なものを持っている。
末広屋では、奉公人たちの健康をなにより案じていた。調理場で働く人々が体を悪くしていれば、どんな材料もうまく料理できない。体調を悪くしている板場には、良い味がだせないというのである。・・・・・
どんなに立派で高価な材料で料理しても、真心がこもっていなければ、それは良い味をださない。一見、材料は雑でも、真心をこめた料理は、良い味をあらわす。現代でも一流料理屋の味が、ときに魅力がないのはそこの所だろう。
昔の人々は、一粒の米、わずかな品物でも大切にしてきた。それはものが豊かでなかったからでもあるが、すべての物に霊がやどると考え、感謝の心を抱いていたからでもある。
人間は物の命を食べて生きている。牛や豚でも、魚、鶏、野菜でも死にたくはなかろう。人間はそれらの命を頂き、今を生かされている。食べ物を粗末にする行為は、命を粗末にすることであり、自然の摂理に反する行為となる。
グルメとは、日本でいえば食通を指す言葉だろうが、節度なくおいしい食べ物をもとめ、それにむらがる人々に、人間的卑しさと知性の欠如を感じる。そこに人として鼻持ちならない奢りや虚栄、また刹那的な享楽の姿をみるからである。・・・・・
本当に味がわかるのは、食通とかグルメとかいわれる人たちではない。物の命を尊び、きちんと食べるそんな人こそ、味に対して鋭い感覚を持っており、奇妙なことに味覚は美的感覚を養うのに最も適する不思議をそなえている。
澤田ふじ子サン、面白いですよ。請け合いです♪
by amamori120
| 2007-01-19 18:29
| 澤田ふじ子を読む

