大石直紀 『パレスチナから来た少女』
2006年 07月 14日恰度、一昨日、この本を読了したところなので、両国の皆さんには、不幸な出来事ながら、タイミングがぴったり。問題の根はどこにあるのか?、そもそも問題の解決なんてあり得るのか?
等々考える材料になればとUPすることにしました。

著者の大石直紀サンは1958年、静岡生まれ。
本書で、第二回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞されてます。
中東問題基本年表
1948 イスラエル建国宣言・第一次中東戦争
1967 第三次中東戦争
1978 イスラエル・エジプト間でキャンプデービット合意
1982 イスラエル、レバノンを侵略
サプラ、シャティーラ難民キャンプでの虐殺
1987~ 占領地でのインティファーダ(民衆蜂起)開始
1990 イラク、クウェートを侵略
1993 ワシントンで「パレスチナ暫定自治協定」調印
1994 ゴールドシュタイン事件
アラファトPLO議長、27年ぶりにガザへ
1995 ラビン・イスラエル首相暗殺
ハマスの一員として多くのユダヤ人殺害に関わったマリカは、過激すぎてハマスを逐われ、今はリビアのスパイと称する組織の指示で要人暗殺を続けている。
彼女は(↑の年表1982年) シャティーラ難民キャンプにおいて、目の前で、頬に傷のあるイスラエル兵に、父母を殺されたのだ。母は鉈で後頭部を断ち割られ、父は喉をナイフで切り裂れて惨殺された。瓦礫の下に隠れ、危うく難を逃れたマリカは、頬に傷のあろ男に必ず復讐するとアラーに誓ったのだった。
ある極右のイスラエル国会議員の暗殺に成功したマリカは突如海外への脱出を指示される。尻に火が付いた・・・のだ、という。まだ復讐を果たしていないマリカは抗うが、結局、船に乗せられてしまう。
3週間の航海の後、着いたのは・・・・日本!
著名なジャーナリスト立花俊也に10年前シャティーラ難民キャンプで助けられ拾われた沙也は、立花の養女として日本人として生育した。何不自由なく豊かに暮らしている沙也。容貌はアラビアンでも、アラビア語も全く分からず、極く普通の女子高生の生活を送っているのだが、このところ、キャンプでの残酷な殺害の場面の夢でうなされることが続いている。
時あたかも、日本が仲介して、イスラエル・PLOの関係を完全に修復しようという会議が超々極秘裡におこなわれようとしていた・・・
二人のアラブの娘を軸に、国家、情報機関、スパイたちが暗躍する物語で、中東問題の整理として、またエンターテインメントとして、楽しめ、役立つ本・・・です。

