ねじめ正一「シーボルトの眼 出島絵師 川原慶賀」
2005年 12月 19日
1981 処女詩集「ふ」でH氏賞、1989 「高円寺純情商店街」で第101回 直木賞 をそれぞれ受賞した、ねじめ正一さんの作品です。
長崎出島専属の絵師、川原慶賀の物語。
オランダ商館に属し、様々な絵や図を描くのが仕事だが、シーボルトが商館付き医師として赴任して来てからは、色々なイヴェントの絵も描かせられるようになった。今で言えば、殆どカメラマンですね。
「シーボルトの眼」とは、慶賀がシーボルトの眼になること。
シーボルトは言う。
「不足ガアッテハナラナイ。余計ナモノヲ描イテモナラナイ。」
「オ前ハ、私ガ見タモノヲ、私ガ見タママニ描クノダ。」
シーボルトが見たものを、シーボルトが見たままに描く。それは、慶賀がシーボルトの眼になることである。
絵師なら誰でも持っている「こうも描きたい、ああも描ける」という画欲を捨て、対象をありのままに写すことである。
シーボルトの眼は学者の眼であった。情感に溺れることなく、ただひたすらに正確さを求める眼であった。
シーボルトは、来日して程なく、献身的な治療と寝る間も惜しむ啓蒙活動により、名医としての高い評価を得ることになる。そんな彼に慶賀は心服し、シーボルトの眼になりきった。そのため、かの有名な”シーボルト事件”に連座し投獄の憂き目に遭う。
一方、オランダ商館長以下の江戸参府に随行した慶賀は、葛飾北斎と知り合い、その娘で、やはり優れた画家である阿栄(おえい)と共に過ごすようになる。
シーボルトと、その日本人妻おたき、彼らの娘で、後に医師となった、オランダおいね、との交流も詳細に語られる。
本筋から外れますが、甘キンの雨漏りとしては、本文中に出てくる鶏卵素麺に激しく反応しました。これは、卵黄と砂糖を練り合わせて素麺状に押し出した甘いお菓子らしいです。
ねじめサンの表現だと、「こめかみが痛くなるほど甘」くて、「頬っぺたの内側から甘さが脳天へ突き抜ける。」そうです。スウイーツの少ない時代ですから、現代からすれば、いくらかは割り引いて考えなければなりませんが、もしまだこのお菓子が存在するなら一度は見参したいですね。
閑話休題。川原慶賀は実在の人物ですが、史実をよく調べ、独特の想像力を駆使して「高円寺純情商店街」のタッチで、面白い読み物に仕立て上げました。

