風流堂サンの花歌暦 神無月
2015年 10月 01日
けふから もう十月。資本主義の尖兵の頃は 「第3Q(クォーター)」が始まるナ、等と思ったものでした。
風流堂サンや いーさん の出雲では神在月ですが、他は神様がすっかり居なくなっちまう神無月。
今月も風流堂サン の花歌暦から始めます♪
今年の花歌暦のテーマは、皆様よくご存じの大伴家持サンです。
大伴家持(718?~785) 奈良時代の貴族(最終は従三位 中納言)。父は大伴旅人。おば大伴坂上郎女の影響で作歌を始める。
自然観照の詠に秀で、繊細幽婉の情趣は<万葉集>の到達した一つの頂点を示している。
長歌46,短歌430余、旋頭歌1を残す。
平凡社「日本文学事典」より抄出

神無月

女郎花
♪ 女郎花 咲きたる野辺を ゆきめぐり
君を思ひ出 たもとほり来ぬ
尾花
♪ わが宿の 尾花が末に 白露の
おきし日よりぞ 秋風の吹く
数年前に行った 秩父 秋の七草めぐり なる安ツアーを思い出しながら
では風流堂サン 秋の銘菓 の一部をお届けいたします♪




日本三大銘菓の第一 山川 の秋ヴァージョンですね。
不昧公御好 山川
大名茶人の巨峰と仰がれる松平不昧公は、江戸時代も中期を過ぎた頃の松江藩(18万6千石)の七代藩主です。
城下町松江に遺る銘菓「山川」は
♪ 散るは浮き 散らぬは沈む 紅葉ばの
影は高尾の 山川の水
を引歌として作られた公お好み中随一のものでありました。
しかし世の変遷につれ、幕末から明治にかけて遂に姿を消したのでありますが、風流堂先々代はこれを惜しみ、お歌の「紅葉ばの影」を心を、また「山川の水」の趣を求めて、昔ながらの御用菓子「山川」の復元をなしとげました。
by 風流堂 内藤社長

<雨漏りメモ>
不昧公 松平治郷(1751~1818) 出雲松江藩主。藩政改革の事績をあげ、出雲焼きを復興、松江塗りを奨励、藩校明教館を開設した。1806年隠居し茶道を学び、のちに一派を開き、石州流不昧派と称した。
鷹山上杉治憲と治の字が共通するので調べたら全くの同期。彼も1751年の生まれです。尚、「治」から想像して江戸幕府第10代将軍徳川家治 を調べたら、1736~1786。 多分、治郷サン、治憲サン共、上様から一字を賜ったのでせう♪
さて次の銘菓を♪




なんとも見事な秋の銘菓ではありませんか
またもや 風流堂さんに ノックアウト されましたぁ (^_-)
デジブック (DB)です♪
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