洛東・松蓮院ほか
2010年 12月 18日
皆様も、紅葉には、もう食傷気味でせうが、最後ですのでお付き合いのほど <(_ _)>

青蓮院
例によってミーハー女子の、たっての希望で
延暦寺三門跡として名高い名刹。
かつて上皇の仮御所として使われた頃の風情が今も境内には色濃く残っている。国宝の不動明王(青不動)画像をはじめ、貴重な寺宝も多い。
拝見しましたが、撮影禁止。
尤も「コレはコピー」との表示があったけどぉww
天台宗の祖・最澄は、比叡山の山上に僧侶の住坊を数多く造ったが、その一つだった青蓮坊がこの寺の起源。
最澄、慈覚大師、安恵など代々の延暦寺の中心人物の住居として使用されたという。
平安時代末期には、洛東の現在地に移され皇族が代々の住職を務める門跡寺院となった。(鳥羽天皇の皇子覚快法親王が2世門主となって門跡の称が起こり、以来、朝廷・摂関家・足利将軍家などの子弟が住持した。)
平安時代から鎌倉時代の初期にかけては、ここの第3世門主・慈圓が天台宗座主を4度も務め、支配する寺社が約300社に及ぶるなど隆盛を極めた。 実業之日本「京の古寺あるき」、東京堂出版「京都事典」より
それではいつもの乱撮で ww















如何ですか?
尚、今の門主さまは、東伏見慈晃さま、だそうです。
「青蓮院門跡の由来」を一部、抜粋すると:
維新史上著名な青蓮院宮入道尊融親王は、孝明天皇の勅によって中川宮と称せられ、維新後、久爾宮の称号を賜り神宮祭主となられた朝彦親王で、香淳皇后(昭和陛下の皇后・・・雨漏り注)、東本願寺故大谷智子裏方、東伏見慈洽当院名誉門主等の祖父である。東伏見慈晃現門主は慈洽門主の次男である。 そうな。
何とも畏れ多き、格式高き寺院なんですねぇ
世が世であれば雑民の雨漏りなど、近寄れも出来ぬ尊き場所でございます。
それでは率爾ながら清水寺に飛びます。
ここでも狛ハン出来たのですが、それは別記事で♪










オマケ 散歩の途中で


お付き合い有難うございました。
by amamori120
| 2010-12-18 13:05
| 花 自然

