SUN-IN 旅行写真帖 #9
2010年 12月 06日
出石を見物した後は丹後半島一周。まず伊根の舟屋を観に行きます。
地理概念図

出石城下を出て暫く川沿いの道を走ってると、ガイドさん、多分アラファイヴのお姐さんが、急に、大騒ぎを始め、コーフンして叫びだしたんです。
指さす方を見るとコレが居たんです。


近くに兵庫県立コウノトリの郷公園というのがあるらしく、ここから飛んで来たのでせう。
延べ20羽くらい見ましたかねぇ。
「滅多に見られない」と、お姐さん、7回くらい言ってました。
「お客さんたちは運がいい。きっと良いことがある」とも ♪
海岸近くに出て、さらに進むと 網野 という町を通過します。
つい最近com.し始めた 1223soraサン、ご在住の町です♪


ここでトイレ休憩。 拙には一服休憩タイム
この近くに 間人 という地名があります。
固有名詞は、常識的なものを除き、読めなくても恥ではない、と亡母が生前言ってましたが、知識は荷物になりません。 さて、↑ 何と読むのでせう (?_?) 答えは最後の方で ww
聖徳太子の母、穴穂部間人(アナホベハシウド)皇后が蘇我氏と物部氏の争乱を避けて太子と共に当地に移られたと伝えられ、間人皇后母子像というのがあるさうです。
争乱が収まって大和國に戻られるに際し、間人という御名を村の名として賜りましたが、ハシウドと称するのは、畏れ多いとて、別の訓み方にして今に至る・・・そうです。
近畿最北端の経ケ岬を回って半島の東側に。
伊根町に入ります。









伊根漁港に降りてきて、↓この遊覧船で伊根湾めぐり。


以下、下手な乱撮をご覧ください。














TV雑誌等でご覧になった方も多いと思います。
伊根の舟屋。
海に接した部分は、 「舟のガレージ」(by ガイド嬢)として使われ、2階は民宿になったりしてるそうです。
舟屋の数は、なんと230軒。
オーナーは別に住まいを持ってるとのことでした。

ところで、”間人”の訓み方ですが、”たいざ”と訓むんだそうです。
間人皇后が、ここを退座して大和に動座されたことから来てるんですね ♪
次は、最終立ち寄り地、日本三景の一つ天橋立です。

