どら焼きハンターも健在♪
2010年 06月 18日
どら焼きハンターも続けます ♪
どら焼き大好き。 あんみつ大好き。
よって あんみつどら焼き 大好き×2 ?


これはカットショー必須ですね

<雨漏りメモ>
どら焼き これは大きく焼き菓子に分類され、この種の製品では、もっとも大衆的なものである。
どら焼きという菓銘は江戸時代でも最古のものとされていた。江戸開幕の初期、寛文年間(1633)麹町3丁目の「助惣のふの焼き」として売られていた名品であったが、これを「どら焼き」と言うようになったのは、江戸の伝説によるものである。
かの武蔵坊弁慶が手傷を負い、武蔵野の一民家で静養していたが、立ち去るときにお礼といって、銅鑼と手紙を置いて行ったが、その銅鑼で焼いた菓子だから、どら焼きというのである。
最初は四角い形だったが、日本橋大伝馬町の梅花亭森田清の創案になる円形のどら焼きの流行によって、四角いどら焼きは滅びてしまったという。
助惣の場合は技法(銅鑼で焼く)から付けられた名称であったが、梅花亭のは銅鑼の形をした菓子なのである。
明治初期の梅花亭のものは、種皮がきわめて薄いものだった。これもやはり梅花亭が始祖である「三笠山」は皮が厚いので有名であったという。
守安 正 『和菓子』毎日新聞社
あんみつ

仲野欣子「和菓子彩彩」には、こう紹介されています。
「あんみつ」は、このお店が考案したものとか。明治27年、庶民の甘味処として、お汁粉屋から出発しました。従って、手作りの餡にはことのほかのこだわりで、味わい深い甘さです。
別の本では、昭和5年に、この店の主人が、初めて「あんみつ」を創製し売り出したのですが、敢えて実用新案を取らなかったため、和風スウィーツの一方の雄として普及したようです。業界の先覚者と言えるでしょうね。
お知らせ
明日から、3日ほど、3時間くらいの”時差”のある所に ww 他出致しますので、ブ活もお休みです。 戻りましたら、またヨロピクゥ <(_ _)>

