飴もなか
2010年 04月 09日コレ← 食べながらUPしてしまひました。
(お行儀悪いですが、誰も見てないから・・・ww)
新潟・長岡市 長命堂サン でした
<雨漏りメモ>
最中 もなか
「最中」とは中心、真中の意だが、平安時代の歌人、源順(したごう)の歌に ♪水の面(おも)に照る月浪をかぞふれば今宵ぞ秋の最中(もなか)なりける♪(拾遺和歌集・秋)があるように、「秋の最中」で八月十五夜を指すなど、中秋の名月にゆかりのある言葉だった。菓子も最初は名月に見立てて、丸い形だったとされる。その始まりは、江戸時代、吉原中の町に店を構えた菓子司・竹村伊勢の「最中の月」(中秋の名月の意)という。
『菓子話船橋』(1842) の「水の月」という項目にも、「最中の月のやうなる餅の焼種」という表現があり、現在の最中の皮に近い麩焼煎餅のようなものが想像されよう。
その一方で、「最中饅頭」なる菓子が日本橋で作られていたらしいが、おそらく「最中の月」のような生地に餡をはさんだものが、そのうち饅頭の字がとれ、たんに最中と呼ばれるようになったと思われる。
中山圭子「事典 和菓子の世界」より