吉行淳之介「懐かしい人たち」
2005年 06月 20日
今は亡き吉行淳之介が、先に逝った文壇の先輩、仲間達を偲んで想い出を語ります。あとがき によれば、最初「極楽の余風」にしようと思ったが、やはりこういう本は平凡な方がいいと思い直して、このタイトルにしたそうです。
井伏鱒二 父親の吉行エイスケが市ヶ谷に住んでいた頃、その家を尋ねた井伏が幼稚園くらいの筆者を見掛けたらしい。長じた後も「怖そう」なので、井伏には近づかなかったという。
石川淳 何故か、内藤陳(ハードボイルドだどっ)の話になる。
舟橋聖一 「風景」という舟橋が主宰していた雑誌の編集長を二次に亘って吉行が勤めた。
森茉莉 森鴎外の娘。随筆家、エッセイストじゃなく一流の小説家だと吉行は主張する。
柴田練三郎 週刊誌小説の書き方を練さんに講義して貰った。
色川武大 ナルコレプシーという奇病。
立原正秋 記憶の中で、爽やかで懐かしい存在として生きている。
佐藤春夫 「達人とは、ずるいものじゃ」
檀一雄 一緒に検眼した。
中野好夫 学識豊かなことはもちろん、風貌はラスプーチンみたいだし、立ち居振る舞いは甚だ男性的なので、師事した。東京帝大英文科にて。
久生十蘭 千葉の銚子に住んでいたことがある。原稿の取りにくい作家の一人だった。 俗説で”喰うとらん”
澁澤龍彦 鎌倉・東慶寺で葬儀が・・・
志賀直哉 あまり下世話に通じておられないように見えていた。
内田百間 同郷(岡山)
父エイスケについて 亡父の作品活動は昭和五年(当時24才)くらいまでと思いこんでいた。
高見順 家を訪問し、大切にしていた外国の酒をみんな飲んでしまった。
梅崎春生 幻化忌の夜。雷雨になって、また飲み直すことに。
三島由紀夫・大岡昇平 「怒りの大岡」という異名がある。三島と大岡は「鉢の木会」という名のメンバーだった。著者が大岡から、或る女性の住所を調べるよう頼まれて、その返事の電話をしようとしたら、三島事件の一報が入った。
永井龍男 川端康成文学賞の選考委員として同席した。永井は蚕豆が好きらしい。
井上靖 井上は、どんな後輩に対しても「サン」付けであって「君」付けはない。井上という人は、誉めることで相手を激励し、鼓舞していたのかもしれない。
和田芳恵 和田から塩煎餅が送られてきた。頂戴した理由は?
川崎長太郎 「つくった小説」と「わたくし小説」 どちらが人を動かすか、を弁じた。
ヘンリー・ミラー ロサンゼルスのピアノ・バーでホキに偶然会った。彼女は、もうホキ徳田に戻っていたが、ミラーとは友人の関係が続いているようだった。
島尾敏雄 島尾は江戸川区小岩に住んでいたことがある。赤線地帯に島尾を吉行が引っ張ってったことがある。インキジノフと露西亜風に時折呼んでいた。
五味康祐 野放図なようでいて、こまかく心を配るところがある。
梶山季之 豪勢に人を奢りつづけた男。
開高健 一年に何回か電話がかかってきて「あわれなカイコウですが・・・」と、まずそう言う。 吉行と島尾の間では「ボボダカ(開高)は、どうしているかね」というやりとりをしていた。
向田邦子 原宿に近い日本料理屋で、ご馳走になったのは?
05.6.16読了

