モーツァルト
2008年 12月 03日PCが壊れていた間、モーツァルト関連本を読みながら聴きまくっていました。
「私のモーツァルト」 饗庭孝男~渡部昇一
1986.6 共同通信社・刊 ¥1,300
46人の方のモーツァルト讃歌を集めた本です。
拙が名前を知ってる人の分だけ拾い読みしました。
少ご紹介してみます。
糸川英夫 ロケット博士ですね。
バッハは教会くさいし、ハイドンは透明すぎるし、ベートーベンは哲学的すぎたりで、モーツァルトの才能を惜しみなく賞賛・・・
荻 昌弘 映画評論家
天才モーツァルトと自分の距離が無限であることを知るからこそ、こんなにも夢中に逆上して・・・
奥野健男 文芸評論家
モーツァルトを聴いて、はじめて人生のかなしみ、さびしさ、そしてよろこび、美しさをおぼえる。それは透明な切なさの極致である
尾高忠明 指揮者
モーツァルトとぼくの出合いは「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」だった。そのころはぼく自身五、六歳だった・・・
加賀乙彦 作家
まぁ私はモーツァルトについては何から何まで脱帽なのだ。この人の曲がない人生なんて,淋しくて味気なくて、考えられない。 どんなにこの世が暗くてもモーツァルトがあるかぎり生きるに値すると私は思っている
篠田正浩 映画監督
モーツァルトの音楽は、今、私にもっとも近い所にある
宗 左近 詩人・美術評論家
モーツァルトのほかに類を見ない自由感と透明な官能性の、その暢達な運動がかれらを酩酊させてやまぬ・・・
高木東六 作曲家
モーツァルトはぼくにとって、人間ではなく、楽聖でもなく神様なのである・・・
高橋英夫 文芸評論家
今日私はモーツァルトを真に美しいと思って聴き、いつまでもその音に対して心を開き続け、また自分を存在の微粒子のようなものと化して、モーツァルトの中に砕け散りながらその音に揺られていたい・・・
辻井 喬(堤清二) 詩人(西武百貨店社長)
ファシストさえモーツァルトに魅かれたのだ
手塚治虫 漫画家
優雅で、哀愁に満ちて、リリカルで、ファンタスチックで、甘く、バッカスのような朗らかさをたたえた曲には、暗さはおろか、苦悩や逡巡の片鱗もない。
平井丈一郎 チェリスト
モーツァルトの音楽は高貴であり、優雅である。が、それにも増して実に厳格な音楽だと私は常々考えている。決していかめしいのではなく、この厳格さが芸術の底流となって、天上の音楽は力強く支えられているのだ
松永伍一 詩人
音が聞こえ出した初っ端からもう降参である。モーツァルトは、そういう音を放って超然としていた
このほか、音楽評論家、演奏家、大学教授、実業家等々。
この中で、飯田善国サンという彫刻家が、こんなことを書いてるのに目が留まりました。
モーツァルトの手紙を読むと、父や姉に宛てたなかに、胃袋、下痢、排泄、糞便、食欲、食事、お尻、尻尾、汗、鼻水などという言葉がしきりに出てくる・・というのです。
そこで偶然ですが、こんな本もgetしました。
モーツァルトの手紙は500通はあると思われていますが、残っているのは300通。そのうちの209通が本書に訳出されています。
我が敬愛するロマン・ロランも、モーツァルトの手紙を読了して感動したそうです。
拙も、糞便や下痢が出てくる手紙以外にも目を通したいと思っています。
ついで、こんな本もget、読了しました。
著者は理学博士だというので、あまり期待しなかったのですが、「私のモーツァルト」にも名前が見出せるんですね。なんと龍角散の社長だそうです。
もちろんモーツァルトへの賛美に満ち満ちています。
理学博士らしく、1章を割いて、モーツァルトが右脳の天才なることを論じています。
大脳と音楽、自然界のゆらぎと音楽、創造性と音楽の関係を考えると、やはりモーツァルトこそがその頂点に立つと言わざるを得ません。恐らく、ゲーテがいみじくも言ったように、モーツァルトこそは神が地上につかわし、神の道具とも言うべき素晴らしい音楽を置き土産に去って行った大天才なのです。
著者によれば、モーツァルトは神様でも天使でもなく、また仰々しい哲学の持ち主でもなく、ごくありきたりの、どちらかといえばいいかげんな、社会人としてはちょっと問題が多いのではないかというくらいデタラメなところのある、反面、愛すべき魅力に満ちた、一生子供であったような、妙な男であったことはどうやら事実のようなのです。
数多いモーツァルトの作品のうち何を聴いたらよいかと思って、こんな本もgetしました。
この著者も「私のモーツァルト」に載ってました。音楽評論家・指揮者です。
これは以前UP済みですね。
50曲は聴いてやろうと、こんなリストを作ってみました。
おまけ
日本を代表する国際的オペラ歌手・岡本喬生サンの半生自叙伝です。