北大路魯山人「魯山人の食卓」

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2004.10 角川春樹事務所・グルメ文庫・刊 ¥546 05.12.8読了

拙ブログの食べ物に関する記事や、レス・コメントに何回か登場した魯山人の本です。
これは「魯山人著作集」の第3巻「料理論集」より、テーマ毎に抜粋・編集したものですが、本家の「魯山人著作集」を図書館で当たってみました。
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1993年に五月書房から全3巻が刊行されていまして
第1巻は、「陶芸論集」 陶芸、茶道、華道、建築等について
第2巻は、「美術論集」 絵画、彫刻、書道、人物・作品評等
第3巻が 「料理論集」 料理談、美味探訪、美味論語、随想等
という内容で構成されています。
各巻 定価¥6,000 530頁超の大部です。
だから、本書は魯山人料理論のお手軽ダイジェスト版ですね。

そもそも北大路魯山人とは如何なる人物なりや?
書家と思っている方もおられます。陶芸家と信じている方もおられます。食通のオヤジと考えている方もおられます。
いずれも正です。
手近の人名辞典を繙いてみました。
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(71才の時の肖像ですが、内田百鬼園に似てますね。尤も、これくらいの年令で一徹な老人は、みんな似てくるのかもしれません。)

北大路魯山人 明治16年(1883)~昭和34年(1959) 享年76才。

大正・昭和期の陶芸家、書家、篆刻家、料理研究家。本名房次郎。京都上賀茂神社の社家の子として生まれる。若年から書を能くし、篆刻、陶芸でも一風を成した。
大正8年、古美術を商う大雅堂美術店を京橋に開店。大正10年、美食倶楽部を発足。
大正14年からは、赤坂に超高級料亭「星ケ岡茶寮」を経営し、料理・食器などの指導に当たる。
昭和2年、北鎌倉に星岡窯を築いて焼いた食器は、その美食趣味の理想を最高度に生かすものだった。
11年からは作陶に専念。
自由奔放な生活態度、不遜な言動はしばしば世の非難を受けた。
グルメ漫画「美味しんぼ」海原雄山のモデル。


「不遜な言動」という記述には、本書の中でも散見できる部分があります。



例えば
「寿司通と自称他称する連中も、たいていはいい加減な半可通で・・・」

「島田髷の時代には売り物にならなかったご面相が、口紅、爪紅、ハイヒールで堂々の寿司通仲間に侵入し、羽振りを利かす時代になってしまった。」 <これじゃ、女性に嫌われますよね。

「一顰一笑によって愛嬌をまき、米を得んとする料理研究家がTVに現れて、一途に料理を低下させ、無駄な浪費を自慢して、低級に生き抜かんとする風潮がつのりつつある。」

「低級な食器に甘んじている者は、それだけの料理しかなし得ない。こんな料理で育てられた人間は、それだけの人間にしかなり得ない。」

「つまらないものを食って、一向気にしない人間を見ると馬鹿にしたくなる。」

「低級な人は低級な味を好み、低級な料理と交わって安堵し、また低級な料理を作る。」

と、まあこんな調子です。

しかし、陶磁器、書、篆刻、絵画、漆芸という芸術分野における多芸多才ぶりは、20万点!と言われる、雅味に富んだ作品群を作り出しました。
これはもう天才の業と言っても過言ではないでしょう。
往くとして可ならざるはなしというマルチタレントぶりが傍若無人の振る舞いに繋がったとしても許される、と私は思います。
人当たりの良い、世間慣れした芸術家などというものは、似て非なるものなのではないでしょうか?

ところで、魯山人は、美食ブームの先達として、食通ぶりは伝説化されています。
料理をベースにして、それが生活空間全体と調和を保たなくてはいけない--という哲学を持ち、ゆるぎない信念、断固としてそれを実現したところに魯山人の偉さがあります。
苟も、料理を作りたい、美味しい料理を食べたいと言うほどの人は、須く本書によって、魯山人の料理哲学の一端に触れるべきだと思うのです。
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Tracked from かんちゃんからきた楽しい.. at 2006-05-16 20:24
タイトル : 絶対にオイシイ柚子味噌!
って聞いたので、買いに行きました。(・_・)八百三(やをさむ)へ。 柚子好きの私は、無視できないもんね~♪                         これはまだ3月の時のなの(・_・)                               でも今日も3月下旬なみの寒さだってよ? 看板が物語るように、どうやら歴史あるお店らしいよ。                         京都は歴史あるチョメチョメが多すぎ(・_・) 玄関脇のショーケース(昔は何て言ったんだ?)には、陶器製のデッ...... more
Commented by revenouveau at 2005-12-23 17:14
もとより、わたしと比べようもないのですが、結論を急ぎすぎる
ものいいが、ときに、誤解を生むようなところが魯山人さんには
あったんじゃないかと思います。
のこされた数々の作品を見てもわかるように、内面的にはとても
バランスのとれた人格のひとだったのではないかと思うのですが、
いかがでしょうか。
Commented by amamori120 at 2005-12-23 17:45
>さ・え・らさん  評伝ではないので、なんとも言えませんが、こと料理に関する本書を読む限り、実に合理的な考えの持ち主だったと思われます。 超高級料亭「星が岡茶寮」を経営して皇族・華族・各界のトップ等との交際をやっかむ連中が居たのでしょうね。
Commented by haruntoti at 2005-12-23 19:02
知り合いの画家さんが しょっちゅう近所の人たちと喧嘩してたのを思い出しました。
芸術家ゆえに あらゆる事で普通の人とは常識が違っていたようです。
全然関係なくて スミマセン・・・。

魯山人さんはどんな美味しいものを食べられていたのかな~!
Commented by blackberry_tea at 2005-12-23 19:17
たしかに非難を受けても仕方ない毒舌ぶりですね~。
彼の理論でいくとワタシも低級な人間ですわ・・・。
北大路魯山人って、「何やってた人か知らないけどグルメに関係のある人」っていうイメージでした。どんな人物なのかようやく理解できましたよん。
Commented by amamori120 at 2005-12-23 21:18
> haruntotiさん  世間では、「芸術家」というのは、少し「変わっている」人が多いと思ってるようですね。実際、少し一般人とは違っているんでしょう。
魯山人さんは、一番美味しい物を食べたくて、ついに自分で料亭を始めてしまった人ですから、日本一美味しい物を食していた筈です。
Commented by amamori120 at 2005-12-23 21:21
>blackberry_teaさん ほんとに憎たらしい!と感じる人が多かったんでしょうね。 しかしその実力は認めざるを得ないほどのものだったから、それを自覚していた魯山人が、ああいう態度で居られたのだと思います。
Commented by jsby at 2005-12-24 02:20
魯山人の人となりは、amamori師匠のブログで初めて知りました。
彼のこれまでは、大変な食通人というイメージでとらえていました。
多芸多才な方なのですね。彼のようにきわめていく方は、自分にも
厳しいゆえに、ほどほどの努力をして得意満面になる人を心境として
許せないのかもしれません。しかしそれにしても、かなりの毒舌家
ですね。

私の街にも耳鼻科の先生で、とても腕のたつ方がいるのですけれど、
本人や小さいお子さんに付き添うお母さん方を、ばったばったと切り
倒すことで有名です。ところが、この先生の毒舌に腹を立て他の先生
に変えても芳しくなく、泣く泣く逆戻りというケースを経験した人を何人も
知っています。才能と優しさを両方兼ね備えていたら、もっとしいのに
と思ってしまいました。
Commented by loja-de-feliz at 2005-12-24 07:18
お陰さまで「魯山人」のおぼろげなイメージが
ハッキリして来ました!

天才とナントカは紙一重といいますが・・・(笑)
相当の天才変人な人だったんですね~!

ところで、我が母のおじいちゃん(写真でしかお目にかかってませんが)
も、「房次郎」という名前だったらしいです!
ひいおじいちゃん「房次郎」は、もっと痩せていましたが、
雰囲気も良く似ています(というかメガネが似ています(^^))
Commented by Theo_C at 2005-12-24 16:43
魯山人と 武者小路実篤が イメージ的に被ってしまいます。。。
芸術家にはやはり凡人にはわかり得ないものがあるんでしょうね。
昨日こそ 母とゴーギャンの話をしていて 
結論は画家も小説家も “変人じゃないとなれない” でした。
Commented by amamori120 at 2005-12-24 19:13
>jsbyさん 少しは何かの、お役に立てたでしょうか? 平々凡々たる我が身を省みるに、魯山人のような天才は仰ぎ見るのみで、足元にも寄れない高峰なのだと、思い知らされました。
Commented by amamori120 at 2005-12-24 19:16
> loja-de-felizさん 奇しくも、アナタのひいおじいちゃんと同名とは!
これをご縁に魯山人を、ご贔屓に! www
Commented by amamori120 at 2005-12-24 19:20
>テオさん 魯山人と 武者小路実篤は外観的に似てる所もあるようですね。  ただ、後者は公家華族様で、穏やかな人柄だったようです。
ゴーギャンが話題になるなんて貴家もたいしたものだと感服。
Commented by 鱧男 at 2005-12-24 20:59 x
ぼくの受ける感じではですが……。
魯山人は印象派とかピカソだと思います。
京都の一流はやはり古典的なリアリズム。
物差しが違うと思います。
喧嘩のきらいな魯山人の方を私はとります。
文化は喧嘩とは非なるものです。
そして、食物をとるのに上も下もない。
金あるなしはあると思う。師匠はええもん食べ過ぎ。
楽しそうでええなあ〜♪
Commented by amamori120 at 2005-12-24 21:18
>鱧男はん  お待ちしてましたよ。  え~と、お叱りのお言葉、真摯に受け止めたいと思います。  なあんて 三百代言みたいですね。
本書ですが、殊更、彼の毒舌を取り上げましたけれど、これは一つのテクでありまして、殆ど、彼の合理的な料理に関する言葉に満ちあふれていますよ。料理は道理を料(はか)るもの、という彼の哲学には賛同するのみです。
ところで、藤村屋のおかあさんの棒鱈、発注しました。
Commented by bricolage at 2005-12-25 14:40
amamoriさん 今晩は!
いきなり申し上げる事ではありませんが、食べてみたいんです。
魯山人さんの様にして、「すき焼き」を。.....
ウチのすき焼きは最初から肉と野菜を一緒に煮込んでしまいます。
鉄製の鍋の上でジューッと肉を焼いてみたい....(上質の霜降り肉を)
やはり関西の方ではそう言った食べ方が主流なのでしょうか?
どちらにしても本日は、クリスマスということでチキンを食しましたが.....

あっ!言い忘れる所でした。      Merry Christmas!!です。

つゆの
Commented by amamori120 at 2005-12-25 18:39
>つゆのさん 私も魯山人流で、スキヤキ食べたいですねえ。本物の美術品の飾られた部屋で、格調高い食器を使って、霜降りのいい所を・・・

関西では、お下地に肉を入れて煮ることから始めるようですね。
ウチは、家内が都内なのでwwまず油を敷いて肉のみを焼き、砂糖、醤油、酒で味付け・・・という段取りです。
正月の夕食は大体スキヤキをする慣例です。

A Very Merry Christmas to your family!
Commented by みっちゃん at 2006-05-14 21:50 x
京都上賀茂神社の社家の子だったのね・・・(・_・)なるほど・・・
みなさんのコメントを読み、よぉくわかりました♪
(・_・)ノ ゲージツは爆発だ!

味覚って・・・トシとると鈍るよね? 体調によっても違うかも・・・あぁ・・・甘いもん厳禁じゃ・・・・
Commented by みっちゃん at 2006-05-14 21:51 x
追伸 
師匠っちにTBしようとしたけどダメだった♪
Commented by amamori120 at 2006-05-14 22:19
>みっちゃん なんの、なんの 鈍りませんよっ   ってムキになるところがアヤシイ    でも甘い物、関係おまへんでぇ

PCの達人みっちゃんがT.Bでけへんとは意外なりぃ
なんでかな?
Commented by みっちゃん at 2006-05-16 20:28 x
でけた(・_・)・・・・。 やっぱ夜遅くなるとダメなのかも・・・混んでて?
味覚細胞・・・鈍らないの?♪ほんとに・・・味蕾♪
Commented by amamori120 at 2006-05-16 21:43
>みっちゃん  でけましたなぁ。 よかった、よかった。
おおきにありがとさん デス。 さすが、達人!

多分(^^)。   但し、ワテは韓国人より辛いのにも強おますけどな。

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by amamori120 | 2005-12-23 12:20 | 読後感・本の紹介 | Trackback(1) | Comments(21)